性被害からの回復⑩「私の目の黒いうちは」

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リリー・ロイ

そこは白い世界だった。売れ残りのサンドイッチのレタスみたいに、私は布団に挟まっていた。静けさに耳を澄ますと室外の、食事を運ぶ台車の音。懐かしい薬のにおい。お見舞い客のささやき声。そして私のところにも、見知らぬ人が来て、こう言った。「すばらしいお父様で、良かったですね。」



コンビニをクビになった私の収入は、家賃と水道光熱費を払えば、残りわずかだった。強い痛みの中ギリギリできた仕事は塾講師。1対1で子どもに算数や国語を教える。オーナーも頭痛持ちで、「休んでも大丈夫」と言ってくれた。クビにならないことに安堵しつつ、不安もあった。時給だから休めば当然収入はない。まもなく国民健康保険代が払えなくなり、私は通院を止めた。持病の片頭痛は今や全身痛となり、朝の落ち込みがひどくて夕方の仕事のために、のろのろと起きる日々だった。

塾に着ていく服が買えなかった。そんなある日トボトボ歩いていると、カラスがガァガァ泣いていた。お前はたくましいね・・・と思いつつゴミステーションを見ていると、そこに布が詰まった袋があった。それをそっと持ち帰り家で開けると、やはり服だった。やがて布団や鍋、本棚まで拾うようになったが、それらはみな私の物よりきれいだった。

区役所に相談に行こうなんて、考えたこともなかった。図書館はただで本を読めるから、併設の区役所を通ったのだ。そこで私は、あまりの痛みで倒れた。疼痛は毎日だから、それが意識を失うほどのレベルに達しようとしていることに、気づかなかった。そこで助けてくれたのが、区役所の福祉担当の方だったのだ。

「生活保護を受けたらどうですか?」

それは思いがけない言葉だった。とんとん拍子に話は進み、私のお世話をしてくれる民生委員さんとの面談の日程も決まった。

それで安心したのか、気づくと私は入院していた。そしてこの衝撃的なセリフを聞くことになる。

「すばらしいお父様で良かったですね。」

私は知らなかった。生活保護受給には、扶養照会が必須であることを。まさか私の許可を得ずに、区役所職員が父に、私の住所を知らせるなんて。

「娘さんに経済的支援をすることはできますか?」そう問われた父は、こう言ったそうだ。

「私の目の黒いうちは、娘に不自由はさせません。」



退院後、父は私に金を与えた。15万円。高校生で父の愛人役を務めた時も、15万円の宝石を与えられたと思い出す。扶養してもらうしかない嫌悪と、すがりついてでも生き延びたいと願う醜い自分。それでも15枚の一万円札には、私をひれ伏させる力があった。

「すばらしいお父様」

「すばらしいお父様」

父をたたえる言葉が、ボロアパートの4畳半ワンルームに、いつまでも響き続けていた。


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