ジェンダーやセクシュアリティは先天的/後天的? 〜虹ジャム参加者の皆さんの言葉〜

2025年9月30日は、虹ジャムテーマ回「ジェンダーやセクシュアリティは先天的/後天的?」を開催しました。

多くの方が参加され、このテーマへの関心の高さがうかがわれました。

参加者の皆さんから出たご意見・ご感想をピックアップして紹介します。

多様な「性/生」を生きている参加者たちが語った、一つの結論に集約されることのない、率直で色とりどりの言葉たちです。

キリスト教内外で取り上げられることの多いトピックだと思います。

語られ方や議論のされ方によってはマイノリティの尊厳や安全を脅かしてしまうことも……。

皆さんが考え、語るためのヒントやきっかけになったら嬉しいなと思っています。

なお、参加者の個人情報が特定されないように所々内容や表現を省略・変更させていただいています。

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《参加者の言葉たち》

「セクシュアリティは選べるんじゃなくて、どの名づけを使って納得するかを悩みながら選んでいるというだけ。

「今こういう状態である」というものにすぎなくて、将来どうなるかはわからないから、固定しすぎるのはどうかな。

どれかにあてはまらなきゃいけないものみたいになっていること自体が、人が生きていて変化するものであることを否定してしまうのではという思いがあります。」

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「年代的に状況的にセクシャリティーやジェンダーの表現が変わることがあること、そのまま受け止めたいし、心から応援したい💖です。

このテーマを取り上げ、議論することは、当事者のいのちにかかわること。

「神の作品」を字義通り受け止めるなら、そのように当事者に接するのが教会の役目ではないでしょうか。」

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「男女二元論で生きづらい人がたくさんいて、その中で葛藤しながら自分探しの旅をしています。

僕自身は先天性って思えるくらいはっきりしているけど、ジェンダーフルイド(性自認が変動するセクシュアリティ)の友達を見ていると「一生懸命生きている」という感じだから……。

ふだんは教会で受け入れられていても、外部から来た牧師が差別的なメッセージをした時に「ここにも当事者がいるんだ」と主任牧師が言ってくれなかったことがショックでした。」

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「坂口菊恵さんの『進化が同性愛を用意した: ジェンダーの生物学』という本はおすすめです。

歴史の中でマイノリティは客体化され、研究対象となり、評価されてきたから、「先天的か・後天的か」という議論には、そういうにおいを感じ取って、警戒してしまうんです。

生物学などの中に潜む偏見などにも気をつけなきゃいけない。

先天的であっても、「じゃあ、予防しなくては」という方向に行ってしまう危険性があります。

どのような意見が主張されるにしても、その意見自体の正しさだけでなく、それによってもたらされる効果・影響を考えなくてはいけないと思います。」

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「「セクシュアリティは先天的?後天的?」と質問をした時「それは当事者にたずねてみるのが良いかと思う」と言われたことがあります。

虹ジャムに参加して、そんな質問が自分の中にあるのはなぜか?と問われました。

「先天的なら神様のせいに出来る」といういやしい考え方があった。

「後天的なら、自分が子育てを間違ったのか、何かやってしまったのか」と考えていたことに気付かされました。

なぜそんなことを考えているかといったら、結局自分のためなんですよね。

自分が恥ずかしい母親なのか、出来のいい母親なのかと、自分への評価を気にしていたから、先天的か後天的かを尋ねたんだと……。

自分の性というものをきちんと考えたことなかったことも、虹ジャムに参加して意識するようになりました。

自分がまず自分のことを、神様の作品として受け止めなければ、他の人のことを受けとめることもできない。

小さなころから、小さな違和感を感じて、「こうしなきゃ」「こうでなくては」とやってしまっていた、そういう自分自身の姿を気付かせていただいています。

虹ジャムに参加する中で、神を愛することと人を愛することを学ばされています。」

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「サイモン・ルベイの『クィア・サイエンス:同性愛をめぐる科学言説の変遷』がおすすめです。

科学は人を解放することもできるが、人を抑圧するために権力に利用されることもあるということを知っておく必要がありますね。」

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「もしかして自分のこういうとこってあの時のあの体験から来てるのかな?」ってドキドキワクワクしたいのに、マイノリティがそれを言うと(セクシュアリティは後天的なのだから予防すべき、治すべきという言説に)利用されちゃうかもしれないからうかつに言えなくなってるんですよね。

もっと、誰でも、自分がどうしてこうなのかについて安心して自由に喋れる日が来てほしいです。」

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「私は自分の性的指向を選んできたという自覚があります。

なので、先天的だけが強調されるとつらいなと思ってたけど……。

もしかしたら今自分が女性を好きな感覚というのは、誰でもが持ち得るわけではないのかもしれない。

でも、ほかの人とその感覚を比べることもできないし。

もしかしたら元々ベースにあったのかもしれないけど、自分の体を切って中を見ることもできないから、(他の参加者が語ったように)「どうなんだろう……」というワクワクがあるんだろうな。

変化するということにおいて「時間」という軸があるんですよね。

「女寄り→男寄り」ってだけじゃなく、セックスがそこまで重要じゃなくなったとか、一人だけとは限らなくなったとか……。

本当は人間って昨日と今日では違うし、毎日神様と出逢って、そのダイナミックな関係性の中で変化しているのに、型にはめようとすると苦しくなっていくのはセクシュアリティに関わらず教会の中のいろんなことに関わってくるなと思いました。

心やコミュニケーションを大事にしたり尊敬したり、積み重ねてきた時間を重要視するということと、性的な感覚に重きを置くことの間のグラデーションもあると思います。

それもひとつの軸に数えられるのではと。

女性ホストの天使(あまつか)ニアいわく、「女性の8割は、男性以外にもキュンとする可能性が含まれている」だそうで。」

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「自分が先天的か後天的かわからないです。

トランス女性は世間の中で一番受け入れられづらいからこそ、トランス女性の人たちの中にはGID(性同一性障害)の診断をすごく重視している方が多いんですよね。

より厳しい先生に認められたということを主張する人もいて……。

世間の見る目が厳しいからこそ、「先天的であってほしい」と言う人もいます。

医師の診断も人間のやることだから、自己申告に基づいて診断してる。

結論としては私は先天的であろうと後天的であろうといいと思ってます。

虹ジャムはすべてを受け入れてくれるし。

マウントを取り合ったりして居心地が悪いトランスコミュニティもあったりします。

当事者同士も、先天的かとかを気にせずありのまま受け入れ合うのがいいんじゃないかと思う。」

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「私は結婚して子供もいるけど、自分が女性であると堂々と言えないような気がして……。

特に男性がたくさんいる場だと自分が劣っていると思ってしまいます。

性に縛られたくないです。

聖書を読むと自分が排他的になっちゃいやすい気がします。

同じ聖書を読みながら深くて素晴らしい解釈を導き出す神学者には、ほんとすごいなって思います。

聖書を読むことでもっと寛容になれるような読み方をしていきたいです。」

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「キリスト教家庭の二世で、物心ついたころから、男っぽかった。

女性に性的指向が向いてると気付いた時、キリスト教の教えがすでに根付いていたので、絶対に先天的ではないと思うしかなかったです。

打ち消すために、「姉がいて、男の子を望まれたから自分はこうなったんだ」と思うしかなかったんです。

ただ、本当の理想は、先天的か後天的か分け隔てなく受け入れられた方がいいんだけど……。

まだその理想のとこまで行けていないんですけどね。

まだ教会で受け入れられていないという現状がある中では。

理想の形とは違うけど、「持って生まれたもんだったらしょうがない」という流れを経て、(世間や教会の見方が)変わっていってくれるんじゃないかなと期待しています。」

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「僕がこのテーマでお話しする時は必ずと言っていいほど、「先天的だろうと後天的だろうと、今目の前にいるその人のあり方を尊重して接してほしいです」ということを強調していますね。」

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「そもそも聖書って信仰の本であって科学の本ではないと思います。

医学に関しては謙虚であるべきではないでしょうか。」

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「遺伝要因も環境要因もある。

広い学びが必要ですよね。

「先天的ならしょうがない、後天的なら癒してあげよう」という発想が卑しいと思います。」

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「10年前までと比べれば急速に進歩はしているけど、まだ途上だなと思います。

先天的だという話はシスジェンダー男性に対してはたいへん効果的なアプローチだと思います。

さっき「キュン」についての話題になったけど、あの話で一時間くらい話したいなと思いました。

私は(シスジェンダー男性ですが)中学生くらいから、キュンてするのは男性なのでは(と思ってます)……。

その人と付き合いたいとかセックスしたいとかは思わないんだけど、そういう気持ちは自分に間違いなくあったし、そういう気持ちになる男性は何人もいたんです。」

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「セクシュアリティとは違いますが、私の障害のことを、皆さんの愛情のゆえに一生懸命祈られ、なんとか治るんじゃないかと色々紹介されたりしますが、自分は莫大な金額と時間をかけてきても治ってないのに「祈られる」ことが負担なんです。

逆に、一転して先天的な人と同じことが出来るかのように期待されたりもして……。

傷つきすぎて「キュン」を見失ってるので教わりたいです。」

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「そもそも、どうして男女の軸で考えるようになったのかを問うべきですよね。

なんのために、誰がそれで利を得てきたのかを考えなきゃ。

性的魅力とか欲望装置として使われてきたのかな……。

そういうものをかき乱していくのが面白いんじゃないかなと思います。」

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「神さまの作品として多様につくられたということをより噛み締めた回でした。

皆さんと「キュン」について話すの、ぼくも楽しみ!

失恋した友達と一緒に失恋ソング歌ったり聞いたりしてる時にすごくキュンキュンしたことがあります。

僕もその友達もヘテロのトランス男性だけどキュンしました。」

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「「発達障害が治るように」と言われているのを聞いてしまって胸を痛めたことがあります。

でも自分も同じようなことをしてしまっていたかもしれない。

自分の間違いがわかったら認めて改めていけばいいだけなので、ここで学べていることに感謝です。

(聖書は科学の本ではないという話を聞いて)小学生の頃教会学校の先生に「学校と教会で違うこと教えられた、テストでどう答えればいいのか」と聞いたら「真理はこっちだけどテストで点とるためには教わった通りに応えなさい」と習ったのを思い出しました。」

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「☆☆☆という難病の友達が、「☆☆☆は自分にとって必要なものでもある、一方で、"☆☆☆の〇〇さん"と常に定義され続けることの暴力性がある。☆☆☆である前に私は〇〇である」と言っていました。

セクシュアリティについても、セクシュアリティの前にその人は〇〇さんであるということを大切にしたいですね。

一方で、「名付け」に救われた人もいます。

僕自身は、先天的でも後天的でもどっちでもいいと思っているんだけど、あるクリスチャンから言われた「あなたのやっていることがよくわからない、私は、本は読まないが、聖書は真理だと思う。ゲイとレズビアンは趣味だから悔い改めなきゃいけないが性同一性障害は病気だから憐れまなきゃいけない」という一文に、クリスチャンの多くが陥っている問題が凝縮されていると思います。」

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「私の場合は、自閉症がセクシュアリティのドミノを倒したのかな~と思っています。

合コンではめっちゃ浮くし、世のJ-POPで「恋することは素晴らしい」と言われても「私にとっては違う」と思うし。

繁華街で乱れた性をやってみて、「これってよくないな~」と思ってからの、「性なんていらない」てなってトランスしました。

性腺摘出してるから、「治せるもんなら治してみろ」ってなもんですよ。

所属教会ではこんなこと話せないですけどね。」

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「これだけ安全な場所なら、もっと色々話してみたいな~。

だけど、先天的なら受け入れるって言ってる人たちのためにこの話をしたくはない。

教会では「マイノリティの性が先天的か後天的か?」じゃなくて、「先天的じゃないと受け入れられないクリスチャンたちってどうしてそうなんだろう?」という問いを立てないとだめじゃんと思います。

「ダメダメな自分だけど、神に受け入れられている」って心から思ってたら、そんな風にならないんじゃないの?と思う。

坂口菊枝さんも書いてますが、科学的知見がなんであれ、セクシュアルマイノリティを認めるということは人権マター。

科学が何を言ったとしても、それは変わらない。

そうしないと、新しい発見がされるたびにマイノリティは右往左往されられて地獄でしかないです。

議論の俎上に載せられる人たちは、マイノリティなのか、「マイノリティの存在を問題視したり評価したり断罪したりする人たち」なのか、ということを意識していきたいです。」


本当に多種多様で、共鳴することもあれば、まったく異なることを語っていたり、全然予期しなかった会話の展開があったり……。

思わぬ展開で盛り上がった「キュン」については、次の虹ジャムテーマ回に採用されました。

皆さんの素朴な疑問を、虹ジャムでどんどんお話ししましょう!

テーマはいつでも募集中です。


約束の虹ミニストリー

性的少数者と共に祈るキリスト教ベースの活動、 『約束の虹ミニストリー』のホームページです。