性被害からの回復⑪「バス停のカウンセラー」
(リリー・ロイ)
「土足でいいよね」
ボロアパートの薄いドア。呼び鈴がピンポンピンポンとせわしなく鳴る。やがてドンドン叩く音。私の部屋は暗い路地裏に面した1階で、引っ越しの搬入は楽だったけれど、その分だれでもがドアや窓を叩くことができた。いつものように留守を装い、しばらく押し黙る。しかしガスの点検だか何だかで、その人は私にドアを開けさせた。そしてあまりの汚さに、靴下が汚れると思ったのだろう。本当に靴のままドカドカと上がり、用事を済ませてこう言った。
「この部屋は、あなたの心を表しているんだよ。」
扶養紹介により、父に住所を知られてから、息をひそめて生きるようになっていた。父が断ったから、生活保護費支給の話はなくなった。もう父に会いたくないから、極貧生活は続く。外出するのが怖かった。もともとあった希死念慮はヒタヒタと、私に迫ってくる。分厚いカーテンを閉じたままの暮らしでは、生きる意欲を維持するのは難しかった。
そんな追い詰められた中、私は懐かしい記憶にすがっていた。まだ幼かった頃、通っていた教会学校。辛いとき苦しいとき、いつもイエスさまに祈るようになったこと。久しぶりに聖書を、ゴミダメのような物の洪水の中から探し出す。教会学校でキャンプに行ったな。聖書のお話しを聞いて、ノートをもらったな。そこに書いてあったみことば、何だっただろう・・・。そうだ
「求めなさい、そうすれば与えられます。」
ではなかったか。聖書の横に黄色い辞書みたいな電話帳があった。当時はネット検索とか口コミで教会を探すなんてできなかったから、紙の電話帳が情報源だった。近所のキリスト教会を調べてみる。すると教会の電話番号とともに、こんな紹介文があった。
すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。(マタイ11:28)
カウンセリング無料。どなたでもお越しください。
牧師の名前は女性のようだった。私は迷った。ここに電話してもいいのだろうか。また「悔い改めなさい。」と言われるのではないだろうか。
とても勇気が必要だった。コール音が10回鳴って、応答がなかったら諦めようと決めていた。しかし電話はつながった。優しい女性の声がする。
「あの・・・私は・・・」
そんなつぶやくような声しか出ない。それなのに
「お話しを聴きますよ。バス停に迎えに行きますね。」
そう言ってくださった。まだ何も自分のことを話してもいないのにである。とても、とてもほっとしてはじめて、もう夜中の1時過ぎだと気づく。なぜか勇気が沸いてくる。久しぶりにドアを開ける。空を見上げると、たくさんの星が見えた。冬の大三角形やカシオペア座、北斗七星・・・。古の旅人も、この星座を頼りに歩いたのだろうか。私もそんな、変わらない道標を、見つけることができるだろうか。春を待つまだ固いつぼみのように、私の心に希望が芽吹きはじめていた。
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