性被害からの回復⑫「泥沼」
(リリー・ロイ)
そこは牧師の住む、ログハウスみたいな教会だった。信徒は10人くらい。日曜礼拝以外でも招いてくださり、いつも話を聴いてくれた。だんだんと打ち解けて、彼女はこんな話をしてくれた。
「実は、私もなのよ。学生運動の頃って、男女混じって雑魚寝してたから、そういうこともあったのよ。」
それは不思議な体験だった。私は独りではなかった。誰にも言うことができなかった恥辱が、もうひとり同じような体験をしたと聞いただけで、そこに多くの仲間とのつながりがあるように感じられた。そして彼女は、祈ることを教えてくれた。
「イエスさまはね、差別されていた女性にも、親しく話しかけてくださったのよ。だからあなたも、イエスさまに友達のようにお話しすればいいのよ。」
あぁこの人は「天のお父様」と祈らないんだ。それだけで心の重荷がドサッと落ちるのが分かった。
これまでの私にとって祈りとは、教えられたセリフを唱えるようなものだった。教会のメンバーのお祈りをコピーするように、そこから外れないように気をつけていた。牧師の聖書のお話しは、ギリシャ語やヘブル語で語られているかのように、理解できないし、洗礼前の学びも、問いと答えを暗記する、教理問答みたいなものだった。
しかし彼女のお祈りを聴いていると、お祈りとは何かが解った気がした。今ここにイエスさまがいて、私たちのつぶやきもうめきも、どんな言葉も言葉にならなくても、受け止めてくださっていることがわかったのだ。あぁ、これを平安と言うのか・・・私の心は震えた。
絶えず聞こえてくる「汚い」という責めにさいなまれてきたけれど、今こんなにも、体の中が静かではないか。
「泊まっていっていいのよ。」
彼女はそう言って、ふいに私を抱きしめた。「本当に辛かったわね。」そう言って泣いてくれた。母に抱かれた記憶のない私は、その瞬間足場を失った。
私の20代が泥に埋もれていく。もう戻る術のない、そこは深い沼だったのだ。案の定、彼女は豹変した。私がなおも過去の葛藤を語ると
「赦しなさい。」
と命じるようになっていった。
「あなたには信仰が足りない。聖書に癒すと書いてあるから、あなたは癒されたのよ。それが実現していないのは、あなたが聖書に従っていない証拠よ。」
そして
「あなたが思い出さなくなるまで、100回でも200回でも祈りなさいよ。」
と、跪く私の上から唾を飛ばした。
その命令はまるで、着古して捨てたはずの下着のようだった。機能不全家庭に育ったこと。それは危険人物へのアラームが、破壊されたということだ。日常に暴力があると、生きる目標が「殴られないこと」になってしまう。だから殴らない人はみんな良い人だと思ってしまう。でも今この人がやっていることは暴力ではないのか?そんな疑問はすぐに消え去る。そして私はかつて着ていた古い下着を心に付ける。コルセットのように、息もできないほど締め付けるそれは、私をロボットにしてくれる。だから私は真剣に、こう祈ったのだ。
「父を許します。神の教えに従わないで、過去にこだわったことを赦してください・・・。」
ようやく彼女は私を解放してくれた。でも帰る家はない。私はただ、長い道の向こうにきっとある、地の果てに向かって歩いた。日は傾いて、空が変容する。雲はちぎれ散りゆき、与えられた色を受け入れてゆく。その複雑な深紅は悲しく、だからこそ美しかった。
やがて混沌をおおうように、雪が舞う。落日は雪を藍色にし、その無数の結晶は、誰にも買えない宝石のようだった。
涙が顔にはりつき凍るような夜道を、懺悔とともに歩き続ける。でもこんな自然を造られた神は、人のあやまちを包んでくださるのではないだろうか。そんな思いも、なぜか同時に浮かんでくるのだった。
私が真実を知ることができたのは、それから4年後のことである。彼女は、牧師ではなかったのだ。神学校も出ていないし、按手も受けていない。しかしある牧師が自分の頭に手を置いて祈ったのだと、彼女はこだわった。そして自宅に十字架をかかげ、電話帳に自分を牧師として教会の広告を出したのである。今思うと、彼女との関係は、共依存だったのだろう。しなくてもいい遠回りをして、私はボロボロになっていた。まるで泥まみれの、捨てるしかない雑巾みたいに。それにも関わらず、見えない手に私は抱かれていた。その方は私に「生きよ」と告げ、解毒するとともに、みことばの乳を与え続けてくださった。まるで生存困難な赤子を、保育器で育てるかのように。
だから私は今も生かされている。苦難の沼から引き上げられ25年を経て、私は知っている。リリー・ロイの人生は、これから変わる。私を造った聖書の神は、思いもよらない脱出の道を、やはり備えていてくださったのである。
聖書 エゼキエル書16章4~7a節より
あなたの生まれについて言えば、あなたが生まれた日に、あなたは、へその緒を切られず、水で洗いきよめられず、塩でこすられず、布で包まれることもなかった。
だれもあなたにあわれみをかけず、これらのことの一つでもあなたにしてやって、あなたに同情しようとはしなかった。あなたの生まれた日に、あなたは嫌われ、野に捨てられた。
わたしがあなたのそばを通りかかったとき、あなたが自分の血の中でもがいているのを見て、わたしは血に染まったあなたに
「生きよ」
と言い、血に染まったあなたに、繰り返して
「生きよ」
と言った。わたしはあなたを野原の新芽のように育て上げた。」
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